大塚謙太郎

おおつかけんたろう

ちびっこ計画・大塚謙太郎一級建築士事務所

[ 大阪市生野区 ]

職種

コラム

2013-06-21

おすすめの本:『誰がこの子を受けとめるのか』

 先日、こども環境学会のエクスカーションで、東京サレジオ学園を拝見したことから、児童養護施設について知りたいと思い本書を手にした。ご承知の通り、児童福祉施設は「保護者のない児童、虐待されている児童その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを擁護し、あわせて退所した者に対する相談その他自立のための援助を行うこと(※1)」が目的の施設である。最近私は、専門である保育所建築を、違った視点から見てみようと考えていて、少し読書の幅を広げた。そんな中で出会ったのが本書なのであるが、読み進むにつれ、そのような読み方でこの本を読んだことが、全身全霊で養護に取り組むこの「家」の人々に対してあまりにも失礼だったような気がしてきて後悔した。改めて真正面からこの本を再読したいと思っている。しかし、保育所にも当てはめることができるのではないかと思う記述が多くあったので、あえて書きとめることにした。ここに書き記したのは、この本を読んだ感想というよりも、この本によって掘り起こされた私の考えというに近い。

 副題に「光の子どもの家の記録」とある。本書は、著者の菅原哲男氏が1985年に創設した児童養護施設「光の子どもの家」での30年にわたる日々を綴ったものだ。
 「福祉を生業とする者は『他人様の不幸で飯を食わせてもらっている』ということに他ならない。」という言葉で自らを律する氏は、養護施設の営みを「向こう見ずな決意」と呼び、「かけ替えのない親子関係に替わる」という矛盾の中で、「全てにも零にもならなければならない」という、始める前から不可能だと解っている壁と対峙してこられた。
 養護施設は「男がいなくても成り立つが、女が一人も居なくては成り立たない」と氏は言う。それは子どもの養育に対して「母親の役割や影響力は計り知れない」からだ。そして「育児労働を保育所に」まかせることに警鐘を鳴らす。
 養護施設と保育所との決定的な違いは、そこで暮らすこどもが毎日保護者と顔を合わせるかどうかという点だろう。養護施設で暮らす子どもたちは18年間のほとんどを、場合によっては全てを、保護者とは別に暮らす。一方保育所は、当然のことながらそうではない。そうではないが、一日13時間保育が常態化し、朝は目も覚めやらぬ内から服を着せられ、時には食事も摂らずに送り届けられ、夜は、夕食を食べて風呂に入って寝るだけの毎日に、休日保育までついてくる。それは、第一義的責任を有するはずの「保護者のニーズ」なのである。
 仕事でお付き合いさせていただいている、ある保育園の園長は、「親から子育ての権利を奪うたらあかん」と、休日保育の実施を頑なに拒む。平日に長時間保育に預けるのだから、休日はしっかりと親子の時間をとりなさいという趣旨である。ニーズと責任の狭間で揺れている保育所が抱える矛盾が浮かび上がる。
 かく言う私も、娘を保育所に入れながら、他人の子どもが暮らすための保育所を設計するという愚かな父親であり、矛盾の最たる者であるのだが、昨今の未満児保育の拡大や、市場原理の導入など、いくつか疑問を感じる部分がある。 
 菅原氏は、児童養護施設の存在を「必要悪」と言った。保育所も同じように、社会のニーズによる「必要悪」であって、この流れを変えられないとするならば、私たち大人は、自らのための「必要悪」をどのように作っていけばよいのか、真剣に議論する必要があるだろう。今、もの凄い勢いで保育所の量の確保が進んでいるが、保育の質がそれに追従できていないのが明らかだからである。
 「光の子どもの家」は、かつて石井十次(※2)が試みた小舎制を採用している。創設時の定員は30名で、その養護に児童5人に対して保育士1人の責任担当制をもって臨み、2階建ての3軒の「家」の上下階に1つずつ、合計6つの「家族」が作られた。菅原氏は、「子どもを上手に掌握、管理する合理的、効率的な子育ての方向性とは対立する考えで家造りを志向した。」といい、それは「働くには具合の悪い」ことが多く、「一緒に暮らすのでなければかなわないことになっている。」というその建築の考え方は、「家庭で家族とする普通の暮らしを用意する」という住まいづくりそのものであり、「光の子どもの家」が目指そうとしているものに、ぴったりと符号する。そしてその家々で、「セクショナリズム(※3)」に陥らぬよう自らを律しながら、覆いきれない矛盾をそのまま飲み込んで「家族」を形成していくのだ。
 これと比較して保育所はどうだろうか。全国児童養護協議会が平成22年に出している「養育単位の小規模化プロジェクト・提言」によれば、小舎制の普及が進まないと言いながらも、実に20%超える児童養護施設が小舎制を採用しているという。1900年代初頭に石井十次によって実践された小舎制が、現代の児童養護施設に着実に浸透していっているのに対し、保育所は今でもなお、片廊下型大舎制の軛から抜け出せておらず、他の社会福祉施設に比べて遅れをとっていると言わざるを得ない。児童養護施設と保育所が違うのは当然だが、1人の子どもの生活という時間軸の上で考えれば、それが18年という長きに渡るか、一日13時間が6年間断続的に繰り返されるかの違いこそあれ、暮らしの場であるという本質は同じであろう。
 これまで、昭和23年に定められた児童福祉施設最低基準(※4)にもとづいて作られてきた保育所建築は、大部屋に限界まで子どもたちを詰め込んで保育するというものが主流で、食寝分離(※5)はおろか、おまるによる用便と食事が同じ場所で行われることもしばしばである。定員の認可は、大人の数字遊びの様相を呈しており、遊戯室を最低基準面積(※6)に算入するという裏技でもって、弾力化の名のもと、子どもたちをぎゅうぎゅうに詰め込んだ結果、保育室単体でみれば最低基準を割ってしまっている保育所などいくらでもあるのである。数字上は見えてこないだけで、その実態はあまりにも酷い。最低基準面積がなぜ狭いと言われるのかは、平面図上で、布団・食事テーブル・椅子・ロッカー・絵本棚・おもちゃ棚・遊具・保育士机などをならべてみればすぐに解る。建築や保育のプロでなくても、誰にでも一目瞭然なのである。それを知ってか知らぬか、厚生労働省から出ている「保育所保育指針」(※7)には、「保育室は、子どもにとって家庭的な親しみとくつろぎの場」であると高らかに謳い上げる。この隔たりは大きい。足の踏み場もない大部屋のどこが家庭的であり、こどもたち同士の衝突が多発する状況でどのようにくつろげばよいのか。この指針を目指すなら、我々は大きな努力を払わねばならない。その責任は行政にもあり、経営者にもあり、保育者にもあり、保護者にもある。そして設計者のそれもまた大きい。その軛で、もがいている設計者の一人としての私も、それを承知で子を預けている保護者の一人としての私もまた、そうである
 待機児童削減のために、毎年多くの保育所が新たに誕生している。それと時を同じくして、戦後建てられた保育所の多くが耐用期限を迎え、今後建て替えや大規模改修の需要が増えると思われる。翻って言えば、この保育所建設ラッシュは、我々大人がこの軛を脱し、こどもたちへの責任を果たすべく努力できる絶好にして最後のチャンスではないだろうか。この機を逃せば、これまで脈々と続いてきたこの流れは、さらに50年の命を与えられ、急増したその絶対数によって、もはや動かすことはできなくなるであろうことは想像に難くない。
 「哺乳動物が始まって以来2億年」、陸続と営まれ続けてきた子育ては人類の生の本質であり、それに設計という職能をもって寄与できることは大きな喜びである。しかし、設計者だけでそれを実現することは不可能であるし、仮にできたとしても、かつてのオープンスクールがそうであったように、現場の方針と合わずに機能不全に陥る危険を孕むであろう。今やるべきことは、設計者の独善ではなく、保育に関わる全ての大人が足並みを揃え、この課題と向かいあうことだと思うのである。
 菅原氏は言う。
不可能や矛盾を前にして、「だから、どうでもいいと言うのではない。だからどうするかという意志的な取り組みが、その絶望的な距離を限りなく短縮していく。」と。

[註]
※1)児童福祉法第41条
※2)石井十次
岡山孤児院の創設者、キリスト者。宮崎県生まれ。岡山医学校に在学中、英国孤児院長の新聞記事に心を動かされ、児童福祉事業に目覚める。1887年には慈善会をつくり3児を引きとった。これが紆余曲折を経て、岡山孤児院に発展する。小舎制と里親制度の導入、収容児の年齢発達区分にしたがった保護教育体制の整備、開墾農場の設立など児童福祉事業として画期的な試みを行った。
※3)セクショナリズム
ひとつの組織の中で、自分の属する部局や党派の立場に固執し、他と協調しない傾向。縄張り意識。セクト主義。
※4)児童福祉施設最低基準
児童福祉法第45条の規定に基づき制定された省令であり、児童福祉施設の設備及び運営に関する最低基準が規定されており、第32条に保育所の設備の基準が定められている。
※5)食寝分離
食事をする空間と就寝に供する空間を分けること。住生活が秩序だって能率よく行われることを目的とする。住生活の最低基本条件の一つ。
※6)最低基準面積
児童福祉施設最低基準第32条に規定される、乳児室・ほふく室・保育室等の一人あたりの最低面積。
※7)保育所保育指針
児童福祉施設最低基準第35条に基づき、保育所保育の理念や保育内容、保育方法などを示し、保育所における保育の向上、充実を図るためのガイドラインとして作成された、厚生労働省告示。

(大塚謙太郎)

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