コラム

 公開日: 2018-07-05 

企業側が知っておくべき労災認定の賠償事例

労災事故を発生させた場合、従業員には然るべき給付を行う必要があります。大半は労災保険の給付でカバーされますが、安全配慮義務を怠ったとして、従業員から損害賠償請求を提起されることがあります。この記事では、損害賠償請求の過去事例を見ながら、安全配慮義務違反について考えてみます。読んでいただけば、経営者は継続的に労働環境を整えていくしかない、結局は「急がば回れ」である、ということがわかっていただけるでしょう。

労災認定だけでなく安全配慮義務も論点になる

経営者のなかには「労災で従業員は補償されたのだからそれで十分だ」と考える向きがあります。しかし、現実はそう甘くはありません。前回の記事で書いたとおり、経営者には労働安全衛生法で定められた「安全配慮義務」があるからです。この「安全配慮義務」を怠ったならば、従業員から損害賠償請求を起こされる可能性があります。少し古いですが、わかりやすい例として昭和50年に行われた「陸上自衛隊八戸車両整備工場事件」があります。

この事件の判決では「安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、その法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるもの」であると論じられました。つまり、「安全配慮義務」は、40年以上前から認められているものなのです。

労災は労働基準監督署の調査だけでは終わらない

この事件での判決を機に、「安全配慮義務違反」に基づく損害賠償請求の裁判例が散見されるようになりました。上記の例は、公務員の事例でしたが、民間企業でも同様の事例が相次いでいます。元請企業と下請企業の従業員間の安全配慮義務について争われた「鹿島建設・大石塗装事件」が好例でしょう。今でこそ、下請企業の安全管理を行うことが元請企業の当然の義務であることが意識されていますが、当時は違っていました。

その後、IT化の進展などによって産業が高度化するとともに、労働者の安全配慮義務への意識が高まるにつれて、さまざまな裁判が見られるようになりました。不良品が市場に流出するのを防ぐため発注先から品質管理基準への対応を求められているなか、過重労働とその重い責任に耐えきれずに自殺した「山田製作所事件」のほか、いじめや暴行などのパワーハラスメントにより飲食店の店長が自殺した「サン・チャレンジ事件」などがあります。

安全配慮義務を怠った責任は大きい

さらに、近年は、精神疾患が増えるなか、うつ病への対応が喫緊の課題となっています。「前田道路事件」や「日本政策金融公庫事件」では、裁判において安全配慮義務は認められなかった一方で、「東芝事件」では一転して企業の安全配慮義務について認める判決が出ました。すなわち、たとえ労働者から直接メンタルヘルスについて申告がなくても、使用者は労働者の健康を保持し、労働環境の改善を継続的に試みる必要があると示されました。

とはいえ、労働者が損害賠償請求の裁判を提起することには大きなハードルがあります。というのも、労働者自ら企業が安全配慮義務を怠ったことを立証しなければならないからです。この流れは現在も変わってはいませんが、厚生労働省がストレスチェック制度を打ち出し、精神疾患が大きな話題となるなか、風向きがいつ変わってもおかしくありません。つまり、経営者は労働者の健康と安全について配慮してもしすぎることはない、という話です。

損害賠償請求が認められた場合、経営者はどのような対応が求められるでしょうか。この場合、障害補償年金や遺族補償年金など、すでに受給している給付と労災保険給付の間で負担すべき費用について調整が行われます。つまり、労災保険給付がどの程度であるかによって、経営者の賠償額が変わってくるわけです。

しかしながら、次の費用は労災保険での補償に入っていないので、経営者が支払う必要が出てくるでしょう。まず真っ先に挙げられるのが「慰謝料」です。精神的、肉体的な苦痛について、労働者から補償を求められる可能性があります。次に「逸失利益」です。「逸失利益」とは、事故により労働能力が低下していなければ得られたであろう利益のことです。

労災保険では年金によって、将来の生活に対し、一定の補償をしていますが、それだけでは不十分です。そのため、「逸失利益」を理由に、労働者が裁判を提起することがあります。例えば、トラック運転手が安全配慮義務違反によって、右手を失った場合、もう運転ができないことから数千万もの高額を負担する必要が出てきます。

「介護費用」も経営者にとって大きな負担です。労災保険では障害について給付はしていますが、それだけでは足りないとして、将来にわたって「介護費用」を請求されることがあります。ここまで書いてきたとおり、労災認定だけでは終わらず、安全配慮義務違反による裁判が提起されるおそれがあります。経営者は、労災が起きない職場づくりに注力し、損害賠償請求という将来のリスクを軽減すべきです。結局は、職場環境の改善という地道な努力が実を結ぶというわけです。

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