コラム

 公開日: 2016-07-25 

内部留保の意味をわかっていない政治家や評論家


以前からテレビの政治関連番組でのトークショーで、特に左翼系の政治家や評論家がわけのわからないことを言っている中に、「企業は莫大な内部留保を抱えている、これを使って給与を上げれば経済が活性化する、賃金を上げない企業にはこの内部留保に課税しろ」というような暴論をよく聞いたものでした。簿記や会計の基本的な知識すら持っていないことを露呈しているだけで、左翼系政治家や評論家だけでなく、保守系の政治家もよくわかっていなくて真顔で議論しているのを見てあきれ果ててしまいました。そもそも内部留保という会計用語はありません。公表されている企業の決算書で内部留保という項目で説明している企業があれば是非教えてほしいものです。こういった会計の基礎すらわかっていないことを取り上げるテレビ番組のレベルの低さも推して知るべしです。

損益計算書と貸借対照表、キャッシュフロー計算書

財務諸表にはいろいろありますが、当然の知識として損益計算書と貸借対照表、キャッシュフロー計算書の3つは全ての基本です。経理社員は全員理解している内容ですが、数字が並んでいる書類なので経理以外のスタッフや営業社員、製造社員にとってはとっつきにくく、食わず嫌いになる方が多いようです。しかし会社に勤めている人は全員が基礎知識としてわかっていなくてはならないものですし、少なくとも自分の会社の三表を見ることで、何が問題なのかぐらいは十分読み取ってほしいと思います。また個人生活においてもこの三表は非常に重要です。会社員であれば毎月給料を受け取りそれで生活に伴う費用を賄うわけですが、一か月の給料では赤字になるような消費をしてしまうとどこかで埋め合わせが必要なので、お金を借りてきたり貯金を取り崩したりしますし、借金の返済にはボーナスを充てたり、毎月貯金を積み立てることもあるでしょう。また家や車など大きな資産を購入する場合には、頭金を自己資金で用意して残りをローンにするなどしています。つまり資産のストックと収支やキャッシュのフローを組み合わせてやりくりするというのは、会社経営も個人生活も全く同じことです。家計で財務諸表など作ったことがないという方が普通だと思いますが、少なくとも毎月のキャッシュフローを管理するために家計簿をつけておられるか、フローが潤沢にある場合には頭で計算されているかだと思います。家をローンで買う場合も、毎月いくらのローンを返す必要があるのか、それを引いても生活費を確保できるだけの給与があるのかなどを計算して、どこまでの物件なら手に入るか計算されているはずです。つまり頭の中で財務三表を回しているのです。ですから、会社で経理の仕事に携わっていないとしても、簿記や会計の知識は個人生活でも欠かすことはできないので、最小限の正しい知識は必要かと思います。その知識がないと借金が膨らみ、収入で返せなくなって最後は個人破産になってしまいます。内部留保で賃金を上げるべきというような会計の基礎すらわかっていない政治家が国のかじ取りを行っているということだけでも恐ろしいことだと感じます。

内部留保は現金ではない

財務諸表における損益計算書は比較的理解しやすいものです。どれだけ収入があって最終どれだけ利益が出たかを示しているだけですので、個人でいえば家計簿と同じで収入と支出を取りまとめたに過ぎません。しかし貸借対照表は家計簿では作らないので非常にわかりにくいと感じる方も多いと思います。しかし意味は単純なもので、要するに事業を行うときに持ってきたお金の出どころを右側に並べて、そのお金がどういう形に化けた状態になっているのかを左に書いたものに過ぎません。ただこの貸借対照表には使った費用の明細である仕入れ代金であるとか給料であるとか、売上収益というのは出てきません。それらは損益計算書に出てくるのです。この貸借対照表と損益計算書の関連を正しく理解できていないために、内部留保を費用である給与に使えというわけのわからない議論がなされるのだと思います。

企業にとって資金を調達するルートは、売上が発生して費用を引いた残りの利益、借金、出資(株式の発行)の三つしかありません。こうして調達された資金は貸借対照表の右側に書かれてあり、借金が「負債」に、出資は「純資産(自己資本)」に含まれて書かれ、過去の利益については配当した残りを利益剰余金として累積し、「純資産(自己資本)」の項目に入っています。つまり過去利益に対して税金を払い、純利益から配当した残りを累積したものに過ぎないので、単なる自己資本の調達方法の一つなのです。別の言い方をすれば、純資産(自己資本)とは株主のものであって、資本金として振り込んでいるものと、利益を配当として受けずに何割かを資金として提供していると理解すると、これを原資に賃金上昇に活用するというような発想は全く的を射ていないことがわかります。事業に必要とする資金を借金でなく、また新たな増資でもなく、過去の利益剰余金を調達先の一つにしているだけです。借入金の比率を下げて無借金経営を目指すことで財務が安定する方法がありますが、つまり利益剰余金を積み上げて借入を減らしていることを意味します。

しからばこの利益剰余金は現金で手元にあるのでしょうか。それは貸借対照表の左側にある現金を見れば良いのです。企業は貸借対照表の右側で説明された資金を使って事業を行うわけですから、その事業では仕入れなどの支払いのために現金が必要ですし、将来の販売のために在庫にもお金が使われ、土地や建物、設備機械など事業拡大のための有形無形の投資が行われます。つまり何に使ったかを示す貸借対照表の左側に手元にある現金も書かれています。つまり内部留保が多いということが問題なのではなく、それをどう有効に使っているかということを見なければなりません。十分な事業投資を行わずに手元現金が多すぎたり、売掛金や滞留在庫、収益に貢献しない遊休の固定資産を多く抱えているかどうかをまずチェックするべきです。過去の利益剰余金を何か現金で手元にあるかのような間違った知識で賃金を上げる原資にするべきという議論は全く意味がありません。

では賃金を上げるには

左翼系の政治家や評論家だけでなく、政府も企業に対してデフレ脱却のために賃金を上げる努力を求めています。内部留保があるからこれを使って賃金を上げるというロジックは、株主のお金を費用に充てるという意味になるため、基本的に会計上成り立たないことは当然です。しかし賃金を上げることによって消費の循環を良くしていくということは正しいと思います。売上が上がっていけば限界利益が増えるので固定費を増やす余力が増えます。つまり賃金を上げやすくなるのは事実です。その売上を上げる条件としては、円安など為替の影響で結果としてコストが下がって価格競争力が高まる、また積極的に先行投資してより付加価値の高い商品・サービスを実現することでニーズが高まることなどが必要です。つまり、売上と利益の課題なのです。売上が伸びないのに人件費を先行して上げることなどはまずありえません。もちろん売上を上げるために先行して人的投資を拡大することはありますが、少なくとも一人ひとりの生産性が高まっていない場合や雇用の需給ギャップが顕著にならない段階での賃金上昇は非常に厳しいと思います。要するに損益計算書上の利益が大幅に増えるという状態になれば、その利益原資を使って賃金を上げるというロジックは十分に納得できますし、その積み上がった利益剰余金の使途が有望な投資でなく現金預金だけが増えているのであれば、利益率を下げてでもそのキャッシュを賃金上昇に使えということにつながることだと思います。

結局、経営を知る第一歩はキャッシュの動きを見れば良いのです。内部留保というようなキャッシュとは関係のない概念を振りかざす政治家は信じることができません。今後の日本経済が発展していくには、企業が収益力を高め、その結果として賃金の上昇を図ることが不可欠です。収益力を高める基本は競争力です。そこに視点を置いた産業政策なしに企業の内部留保を取り崩すように政策だけが議論されるとしたら、企業自身の将来の発展に向けた投資意欲を減退させ、強いては競争力を失わせる危険性が高いと思います。

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