コラム

 公開日: 2016-09-06 

新興国展開での人材育成の注意点


中小企業が新興国に事業展開して一番苦労されるのがヒトのマネジメントです。特に人をどう採用し、育てて事業経営の柱として確立していくのかが最も重要な経営課題です。新たに海外事業展開を検討されている企業の多くは、事業の事前調査であるフィージビリティスタディを通じて様々な面から機会やリスクを評価します。事前検討の段階では多くの情報を入手できますし、法人設立や販路開拓などでは、日本側だけでなく現地でも公的機関やコンサルタントから専門的なアドバイスなど充実した支援体制があります。もちろん投資認可や工場設立など課題は多く発生しますが、解決できない問題はそう多くありません。しかし、進出後企業が一番困る課題は、ほとんどのケースが人に纏わることといっても過言ではありません。手続き面のトラブルや内部管理、生産、技術、販売拡大など諸々の事業経営における課題は、人がどれだけ育ち強い自律的組織が構築できるかでほとんどが解決できるものです。ヒト、モノ、カネ、ノウハウといった経営資源を獲得することが事業経営の競争力源泉になるのは当然ですが、ヒトは全ての経営資源を司る根幹であると言えます。どんなに資金があろうと、どんなに競争力ある技術資産や設備を持っていようが、どんなに差別化できるオペレーションノウハウを持っていようが、その経営資源を最大限に生かす人の能力が育っていなければ宝の持ち腐れになります。企業経営者であれば経営資源としての人の重要性については十分痛感されているところです。

人を育て、重要な仕事を任せ、イノベーションを創出していくことで、顧客価値を高め新たな市場を獲得して事業が発展していきます。その起点となるのが人を育てることです。しかし、人を育てるといっても日本でのやり方と海外、特に新興国でのやり方、視点はかなり違います。ここのところが押さえられていない企業が多いのではないかと感じます。海外進出のやり方や実務知識に関する情報や支援制度は多くありますので、企業も進出ノウハウを相当積み重ねているところが多いと思います。一方、人のことになりますと、それぞれ企業によって、また業界によって求められる資質や能力も違いますし、また国によって文化や考え方が違うので、なかなかマニュアル的なマネジメントが難しく、現場の事情に個別に最適な方法を確立していかねばならず、書籍や調査情報、公的機関による支援も必ずしも有益とは限りません。実際には海外経験豊富かつ展開国の人材事情に詳しい専門家と一緒になって最適な対応を行うことがベストではないかと思っております。

新興国での人件費は決して安くはない


海外展開を図る目的には大きく分けて二点あります。一つは主に日本市場向け製品や欧米市場向け輸出製品のコストダウンを図るために、円高を回避しつつ安価な労働力を活用するために出ていくことです。もう一つは少子化で縮小する日本市場に依存するのではなく、成長著しい新興国市場の現地販売を拡大させるために展開することです。どちらにしても新興国での労働コストが日本の人件費より遥かに低いことをメリットとして生かすことが目的の一つとなっています。

しかし新興国での人件費は本当に安くてメリットがあるのでしょうか。やはり人件費という価格と人の能力レベルはある程度相関比例していることを考えますと、人件費の低い国で採用できる人材の能力は割り引かねばなりません。もちろん単価あたりの能力では、人件費が高い国の労働力は誰を選んでもレベルが高いということはなく、コスパの観点では新興国での人材は優秀ともいえます。どういうレベル、能力の人材をどのぐらいのコストで採用できるかということを見極めるのも事業展開で重要です。ただ一般論でいれば、新興国では確かに先進国や中国などと比較すると人件費コスト面では優位性がありますが、その反面企業にとって役に立つ、つまり使える人材レベルとはギャップがあるのは否めず、採用後の育成、教育訓練が非常に重要です。採用してすぐに戦力になるというのはあまりないと思っても良いでしょう。日本でも新入社員教育を時間をかけて行うのですから、いくら海外事業で高い能力を求めない仕事であったとしても、企業としての組織力を高めることが競争力につながるため、きっちりとした教育訓練、研修体系を構築することが求められます。つまり、労働コストは安くても、それなりに教育が必要でコストと時間が相当かかると言えます。ここの部分にあまり留意していないと、社員の能力がいつまでも上がらないどころか、定着率が低い企業風土を作ってしまうことになります。しかも新興国での賃金の伸び率は非常に高く、社会保険など福利関連経費も労働者保護の観点からどんどん企業にとって厳しくなってきています。人をいかに早期に戦力化し能力を高めていくかが経営者にとって大きな課題かと思います。

企業ニーズに合致した人材育成のしくみづくり


日本にも現地にも人事コンサルがいて、人材採用の紹介であったり、就業規則や人事考課制度、労務管理、現地の労働法制対応など制度や管理面でのサポートを行っています。この支援は非常に重要で、現地の事情に合わせた人事管理の体制づくりは日本の制度そのままということにはいかないので、現地での法律や慣行に精通したコンサルのアドバイスなしにはうまくいかないケースが多いと思います。もっとも、経験豊富な人事総務担当の責任者を採用することができれば、コンサルの支援がなくても大丈夫な場合もあるようですが、法律が良く変わったり、行政機関の対応に一貫性がないことなどから、ローカルの人事総務の責任者といえども専門家からの助言は重要と考えている人が多いようです。

制度や管理面の体制づくりにおいては人事コンサルの助言が有益ではありますが、どういう人材ニーズに対してどう計画的に育成を行っていくかについては、経営戦略と一体であるべき課題です。その点、人事コンサルよりもマネジメント支援で経営者と一緒に走っていくような、企業ニーズに合致した仕組みづくりを行うパートナー的専門家の方がより役に立つのではないかと思います。

人材育成のやり方は上から下まで統一的な研修だけでは不十分です。採用もワーカー、スタッフ、幹部と選考の基準もた給与レベル、期待される能力も全く違います。したがって人材育成の考え方や取組みも別枠で進める必要があります。

①ワーカーの「訓練」
 ほぼ学校を卒業して時間のたっていない新卒や20歳前後の若年層をワーカーとして採用することが多いのですが、まずは社会人としての常識を教え込むことが必要です。会社で働く意味を教え、身だしなみから時間管理、決められたルールを守る仕事の基本など、「訓練」することを軸に教育訓練のプログラムを作ります。常に新しい人が入ってくるなど定着率の低い職場であるのが一般的ですので、ルーチン教育として定着させることが求められます。

②スタッフの「教育」
 一応基礎能力を持った人を採用するので、OJTを主体に実践指導する体系を作ります。自ら考え解決していく能力を高める課題解決型の「教育」で物事に挑戦する姿勢を求めていきます。私の経験から、企業教育にとって一番大事なのは、この層の教育だと思っています。当然早く成長して将来の幹部候補となってもらうことを目標にします。本来屋台骨といえば幹部職層になるのですが、幹部職層はどちらかといいますと、他社での経験や実績を評価して即戦力として採用するのですから、同じようにせっかく幹部職層の能力開発に力を入れても、他社に転職してしまう可能性は常にあることを考えなければなりません。ある日突然重責ポジションの幹部社員が退職したときに組織がガタガタになるかどうかは、このスタッフ層が育っているかどうかにかかっていると思っています。また組織全体の力を発揮するチームワークであったり、社員間の相互信頼感を醸成するリーダーは幹部職ではなく、いわゆるスタッフによるところが大きいのです。故に、スタッフの教育にはトップ自ら細心の取組みが大事ではないかと強く感じます。スタッフの教育を幹部職に任せておくと起こる問題があります。普通、幹部職層の社員は、部下の教育育成についてはあまり熱心ではない場合が多いのです。個人主義という文化にもよりますが、基本的には部下の成長は会社の発展につながると考えるより、自分の立場を脅かす存在になると受け止める人が少なからずいます。日本でも、可愛がっていろいろ指導していた後輩がいつの間にか実力をつけて自分の上司になると面白くなくなるのがよくあることで、海外ではより顕著にこの現象が現れますし、まず最初のスタッフ採用の段階で自分より能力が高いと思われる人を採用しようとはしません。

③上級管理職の「育成」
 スタッフ層の教育が重要であることを申し上げましたが、やはり経営を任せられる幹部層の育成は、企業が発展していくための「現地化」を進めていくうえで極めて重要な経営課題です。日系企業が現地に展開して発展していくには、日本人の出向社員だけの力だけでは無理です。言葉の壁もあり、文化や生活スタイル、考え方の違いは、いくら異文化コミュニケーション能力に卓越した日本人であっても、どうしても乗り越えられないものがあります。また人事管理や現地流通チャネルのマネジメントなど日本人よりローカル社員の方が適している重要な仕事も多くあります。日本企業のマネジメントスタイルを十分に理解し、日本人出向経営責任者と一心同体で信頼関係を持ち、後継の責任者として任せられるった幹部を育成していくことが出向社員にとっての一番のミッションではないかと思います。そのためには、思い切った権限移譲を通じた責任感が人を成長させるという考えに立った経営者教育を垂範していくことが重要です。

以上のように階層ごとにきっちりとした人材育成の体系とプログラムを作り、現地法人の出向責任者だけに任せるのではなく、親元の経営者とともにいかにして次世代に経営を承継していく基盤を作れるかが事業発展に不可欠です。一連の人に関するお困りごと、将来発展に向けた課題解決に向けて、少しでも貢献できることを願っております。

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